Sample Cafe

About Me私について

略歴など

昭和41年に空知の「奈井江町」の教職員の家に生まれる。父親の転勤で「栗山町」へ

小学3年生でアコースティックギターに出会う。それから毎日学校から帰宅後に練習。

同時期に郷土芸能「栗山みのり太鼓」を友人と始める。太鼓に没頭

中学で吹奏楽部(ドラム・パーカッション担当)

高校時代は放送部とバンドに明け暮れ、ほとんど勉強していなかったように思える。この頃にベースをやってみる。

専門学校に進学(当時札幌で唯一の放送系)午前の座学はほとんど欠席(笑)していたが、午後からのラジオ番組制作実習には参加(実際に週1回HBCラジオさんでオンエア)

1987年、卒業後はTV局に出向しているプロダクションに入社。現場は報道部

ニュースの現場を通して、諸先輩方の厳しさ優しさもあり、この時期にかなり成長させていただきました。

この頃にキーボードを始め、独学で音楽理論を勉強する。MTRを駆使し音楽制作を始める。

1989年、現場の先輩の紹介もあり1989年に別の局の子会社プロダクション音声(制作系)へ転職

すっかり技術屋の私でしたが、現場で選曲効果(当時は珍しい)をやっている人と出会う。

話の中で、自宅で音楽を作っていると伝えた。今度聞かせてほしいと言われ、持っていくと、、。
その年の秋の番組改変から始まる番組「TVポテトジャーナル」のタイトル曲を作曲しないかとのお誘いがあり、初オンエア作品となる。

1991年本格的にDTMを始める。当時まだ高値だったMAC(白黒)を購入

1992年、開局20周年のドキュメンタリー(メイン曲は南佳孝さん)の挿入曲の依頼があり、映像を見てから4時間で仕上げる

その後、音響効果の会社に入社。「uhbニュース」「のりゆきのトークDE北海道」「北海道マラソン」「FNSドキュメンタリー大賞」などを制作

1996年に元々出向先で兼務していた、すすきのの「ヘブンスタジオ」の3代目エンジニアとして移籍。CMソング制作やレコーディング業務を行う。

1999年11月フリーランスに

2000年プロダクション仲間と集まってインディーズレーベル「S・I・P・P」を立ち上げる。

2001年ヘブンスタジオ時代に知り合った友人のギタリストから「ESP/MIJAPAN札幌校」の講師のお誘い。2008年まで

2008年Music Craftで音楽教室を始める

2010年レーベルを始動。遠藤要くんの「A Passing Feeling」発売。

2012年「札幌スクールオブミュージック専門学校」講師となる。~2019年

現在は、子供相手の写真撮影の傍ら音楽活動を続けている。

当教室の考え方

上達の鍵は自主練と研究と実践に他なりません。
レッスンはアドバイスやきっかけを与えることしかできないからです。

この教室も初めはギター教室からスタートしました。しかし、弾き語りが出来るようになると、ライブに出たいなど色々と欲が出てきます。

カバーでは物足りず、作詞作曲も自身で行い、音源も作りたくなる。

だったらいっその事一連で行ってしまえと今のスタイルになりました。

先生と生徒より先輩後輩のほうが感覚が近いかもしれません。